大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和40年(ラ)59号 決定

理由

(一)  抗告人(昭和四〇年(ラ)第五七号事件)鈴木輝洋の抗告理由について。

抗告人鈴木輝洋は、同抗告人は本件債務者兼物件所有者たる被相続人亡鈴木隆三の相続人の一員であるところ、その死亡後これが相続を放棄し、したがつて、本件債務を負担する者でもなければ、また、本件物件につき所有権を有する者でもないのであるから、同抗告人らを債務者兼物件所有者としてなされた原競落許可決定は違法ある旨主張する。

しかしながら、競落許可決定に対し利害関係人が抗告をなし得るのは、これによつて損失を被むる場合に限られるところ(競売法三二条二項、民訴法六八〇条)、抗告人が右相続放棄をなした以上、たとえ原競落許可決定が抗告人を債務者兼物件所有者としてなされたからといつて、抗告人がこれによりなんら損失を被むるものでないことはもとよりいうまでもない。そうすると、同抗告人の右主張は、それ自体理由のないものというべく、したがつて右抗告理由はとるを得ない。

(二)  抗告人(昭和四〇年(ラ)第五九号事件)鈴木貞子の抗告理由について。

抗告人鈴木貞子は、原競落許可決定には、最低競売価額を正当に定めないで公告した違法がある旨主張するので、以下この点について考察するに、一件記録によると、次の事実を認めることができる。

原裁判所は鑑定人坂本彦次郎に本件物件の鑑定を命じたところ、右鑑定人は、昭和三二年三月二七日右物件のうち宅地(二二六坪八合)を金一二四万七、四〇〇円、工場建物(一号ないし九号、建坪計一八六坪一合一勺)を金二四二万五、二〇〇円、工場内の機械器具類を計金五四一万四、〇〇〇円、以上合計金九〇八万六、六〇〇円と評価する旨の同月二五日付鑑定書を原裁判所に提出した。原裁判所は、右宅地、および工場建物については、右各評価額をもつて、なお、右機械器具類については右評価額によることなく右各物件の合計金額と同額たる前記金九〇八万六、六〇〇円をもつてそれぞれ最低競売価額と定めたうえ、以上各物件を一括競売に付することとした。ところで、原裁判所昭和三二年六月四日午前一〇時の第一回目の競売期日に競買価額の申出がなく、その後原裁判所において数次にわたり新競売期日を指定し、かつ、その都度最低競売価額を低減したが、右同様いずれも競買価額の申出がなかつた。そこで、原裁判所は昭和三五年七月一三日に至りさらに新競売期日を同年一〇月四日午前一〇時と定め、なお、右最低競売価額を宅地につき金三一万円、工場建物につき金六七万円、機械器具類につき金三一〇万円とさらに減額したのであるが、右期日は本件債権者たる株式会社興紀相互銀行らの申立てに基づき同年一一月二二日午前一〇時に変更せられた。しかるに、この間同月二一日和歌山地方裁判所は本件競売手続停止の仮処分決定をなし(同庁同年(ヨ)第二〇九号不動産競売手続停止仮処分申請事件)、右手続は中止せられたのであるが、同裁判所は、その後昭和三九年一二月二一日右仮処分決定を取り消す旨の判決言渡しをなしたため(同庁同年(モ)第三八四号仮処分取消申立事件)、右手続は続行せられ、原裁判所は新競売期日を昭和四〇年三月九日午前一〇時、最低競売価額を右宅地および工場建物につきいずれも前同額右機械器具類につき金二六九万〇、六〇六円(一部取下の結果による)と定めて公告した。そして、右期日に奥政助が計金五二五万円で最高価競買の申出をなし、原裁判所は同年三月一一日同人に右価額で競落を許す旨の原決定をなした。

右事実によると、原裁判所が最終的に前記最低競売価額を宅地につき金三一万円、工場建物につき金六七万円、機械器具類につき金二六九万〇、六〇六円と定めた昭和三五年七月当時から右競落のなされた昭和四〇年三月までに五年近くの年月を経過していることが明らかであるところ、前記抗告人提出にかかる固定資産価格証明書(疎第一号証の一ないし八)によると、前記各物件のうち工場建物の価格は昭和三五年度も昭和三九年度も大差はないが、宅地の価格はこの間六倍以上に高騰していることが認められる。そうすると、少なくとも、右宅地の前記最低競売価額は、それが定められた当時においては相当であつたとしても、その後における年月の経過と経済上の変動により著しく低廉になつたといわなければならない。

ところで、このように、従前の最低競売価額が低額に失するのにかかわらず、競売裁判所が右価額のままで競売を遂行することは利害関係人に不当な損害を被らせ、ひいて競売の公正を害するものというべきであるから、かかる場合においては、競売裁判所としては鑑定人に競売物件の再鑑定を命じ、これに基いて正当な最低競売価額を定めるのが相当である。したがつて、競売裁判所がかかる措置をとることなく、漫然従前の最低競売価額をそのまま新競売期日の公告中に掲記することは、結局最低競売価額を正当に定めないで公告したことに帰するわけであるから、利害関係人は、民訴法六八一条二項、六七二条四号、六五八条六号等の各規定に照らし、これを理由として競落許可決定に対し抗告をなすことができると解すべきである。

そうすると、本件の場合、原裁判所が前記宅地につき再鑑定を命ずることなく、従前の最低競売価額(前記金三一万円)をそのまま前記昭和四〇年三月九日午前一〇時の新競売期日公告中に掲記して競売手続を進めたうえ、原競落許可決定をなしたのは前記説示から明らかなように失当というべきであるから、債務者兼物件所有者たる前記抗告人鈴木貞子の前記抗告は理由があり、原競落許可決定は取消しを免れない。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例